阪神大震災から31年が経ちました。
この日のことは、まるで昨日のことのように覚えています。
私は当時、地元・西宮を離れて一人で東京にいました。
大学の寮で見た報道番組に映し出される風景を見ても、
最初はこれが何を意味しているのか、よく理解できませんでした。
しかし、時間が経つにつれて、
被害の規模がどんどん大きくなっていくのが分かってきました。
長田の町を覆う広範囲の火災。
横に横転した高速道路。
そしてぺちゃんこになったビル。
言葉になりませんでした。
当時は携帯電話が社会的に普及していなかったので、
東京から公衆電話で実家にかけても全く通じません。
やっと夜になって母と話せたときのこと、今でも鮮明に覚えています。
私「オモニ、そっちはどう?」
母「あんた、どないもこないもあらへん。大変や。でも、心配せんと。」
そう言って、すぐに電話を切った記憶があります。
電話の声の後ろでは、ガヤガヤした音が響いていました。
後で聞くと、
廊下の壁を突き破ったピアノや、
隣の部屋まで移動したテレビ(ブラウン管)。
それはまるで怪獣が部屋を持ってガチャガチャと振ったような感じだったとか。
想像もできませんでした。
そんな日に、一つだけ奇跡のような出来事がありました。
それは、兄の長女が誕生したことでした。
うちの家族にとっては初孫。
私にとっては初の姪っ子。
本当に嬉しかったな。
それは、大きな光となって家族の希望になりました。
その子ももう31歳。
そして今年、親になって初めてのお正月と震災の日を迎えました。
着実に、時は流れていきますね。
李英門